映像人名録 http://www.macsauru.com/contents/ ja 2005-04-11T17:43:55+09:00 市川 準 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_5.html 1948年11月25日生まれ
高校卒業後、原宿学校や美学校で映像を学び、CF制作会社に入社して。
「禁煙パイポ」「金鳥ゴン」「NTT カエルコール」などのCMを制作して注目を集めました。
1985年にはカンヌ国際広告映画祭で金賞を受賞し、1987年「BUSU」で映画監督デビューしてその後)、「会社物語」(、「ノーライフキング」、「つぐみ」、「ご挨拶」、「クレープ」、「病院で死ぬということ」、「東京兄妹」、「トキワ荘の青春」などの映画を次々と発表。

CM制作から映画監督になった監督として有名な一人です。


市川 準

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ymlojpjp 2005-04-11T17:38:14+09:00
清水 崇 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_6.html 1972年7月27日生まれ
近畿大学芸術学科で演劇・芸能を専攻して役者として舞台など行っていた。
在学中に脚本家石堂淑朗に師事し、大学中退後に京都でアルバイト生活をしながら脚本を執筆していた。
小栗康平監督の作品に見習いとして参加。
上京後、フリーの助監督をしながら映画技術美学講座(現・映画美学校)を受講。
講座にて3分間のビデオ作品が黒沢清監督や脚本家高橋洋氏の推薦を受けて、関西テレビ「学校の怪談G」の短編枠で「片隅」「4444444444」を脚本演出。
この作品をを観た一瀬隆重と出会い、99年ビデオ版「呪怨」「呪怨2」を脚本・監督。
01年「富江re・birth」で劇場監督初作品を担当。
翌年、劇場版「呪怨」を監督。
公開前に「呪怨2」が撮影開始しパート1は5億円、パート2は11億円の興収を記録。
次にハリウッド版「呪怨」を制作して全米で興収1億ドルを突破しして全米で2週連続でトップを獲得して日本人初の1億ドルを突破した監督になりました。

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ymlojpjp 2005-04-11T17:38:31+09:00
崔洋一 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_7.html 1949年7月6日生まれ。

高校卒業後、照明助手として映画界に入り、「愛のコリ-ダ」、「最も危険な遊戯」の助監督を務めるなどのキャリアを積みました。

1981年テレビ映画「プロハンター」で監督となり、1993年に手がけた『月はどっちに出ている』で一気にメジャーとなりました。

「東京デラックス」「マ-クスの山」「犬、走る DOG RACE」「豚の報い」「クイール」「血と骨」などを精力的に制作。

「血と骨」では日本アカデミー賞監督賞を受賞するなど活躍しています。


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ymlojpjp 2005-04-11T17:39:42+09:00
手塚 眞 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_8.html 1961年8月11日生まれ

成蹊高校映画研究部製作『FANTASTIC★PARTY』の監督・脚本を担当し、 8ミリフェスティバル高校生部門特別賞受賞するなど非凡な才能を発揮。

8ミリ「UNK」がオフシアター・フィルムフェスティバル'79を受賞。
その後、8ミリ「HIGH-SCHOOL-TERROR」が ぴあフィルムフェスティバル'81に入選。
8ミリ大作「MOMENT」でベルリン映画祭ヤングフォーラム部門へ招待されるなど話題を呼んだ。
大林宣彦監督「ねらわれた学園」で準主役で出演するなどの活躍をしました。

映画「星くず兄弟の伝説」で監督・脚本を担当。
構想10年ともいう映画「白痴」を完成さえるなど映画だけでなく様々な分野で活躍中。

アニメ「ブラックジャック」の演出するなど父・手塚治の作品も携わっています。

手塚プロダクション代表取締役でもあり今後の活動も注目される。

ネオンテトラ

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ymlojpjp 2005-04-11T17:40:10+09:00
是枝 裕和 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_9.html 1962年生まれ
早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに入社。
ドキュメンタリー番組を演出するなどの活動をして、95年に初監督した映画 『幻の光』 が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞するなど映画の活動を開始しました。

「ワンダフルライフ」「ディスタンス」 を制作して4作品目の 「誰も知らない」では国際的評価を得ることでより一層の名声を得ることができました。

今後注目される監督の一人で特に海外での評価が高い作品を制作しています。

ワンダフルライフ

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ymlojpjp 2005-04-11T17:40:27+09:00
塚本 晋也 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_10.html 1960年1月1日生まれ

14歳から映画を作り始めて、CMなどの制作を行ってきました。
89年「鉄男」でデビューをして有名になり今までにない映画を製作。

M・スコセッシ、Q・タランティーノなどの海外の監督からも注目されている。

俳優としても自身の映画や他の監督の映画などに出演するなど幅広く活動している。

近年、「東京フィスト」「BULLET BALLET」 「双生児」などの映画を制作して新しい映画制作の可能性を探っています。

また、海外の映画賞の審査員を務めるなど海外での評価が非常に高い監督です。

ゼアリズエンタープライズ

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ymlojpjp 2005-04-11T17:40:51+09:00
行定 勲 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_11.html 1968年8月3日生まれ
TVドラマや映画の助監督として林海象、天願大介、山本政志などの監督作品に参加して、現在の制作スタイルに影響しているであろう岩井俊二監督の「Love Letter」「スワロウテイル」の助監督を務めました。

97年に「OPEN HOUSE」で監督デビューして、「ひまわり」では第5回釜山国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞して、出世作となった「GO」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞し、大ヒット作「世界の中心で、愛をさけぶ」や大作「北の零年」を監督するなど現在若手映画監督の中でも注目されるヒットメーカー。


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ymlojpjp 2005-04-11T17:41:09+09:00
矢口 史靖 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_12.html 1967年5月30日生まれ

東京造形大学在学中から美術助手、特殊美術助手などをしながら映画制作に携わっていました。
自主映画「雨女」がPFFアワード’90でグランプリを獲得してスカラシップで「裸足のピクニック」で商業映画デビューとなった。

大ヒット作となった「ウォーターボーイズ」などコンスタントに映画を制作して「スイングガールズ」はヒット作になるなど独自の映画でファンを獲得している。

また、ストーリーがオリジナリティーあふれているためドラマ「ウォーターボーイズ」などは高視聴率番組なっており作品がムーブメントを作っている監督の一人です。

矢口 史靖公式サイト

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ymlojpjp 2005-04-11T17:41:25+09:00
森田 芳光 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_13.html 1950年1月25日生まれ

1978年自主映画「ライブイン 茅ヶ崎」 で注目されて、「の・ようなもの」で商業映画デビューをしました。

その後数々の映画を制作してカリスマ的な監督のポジションを確立した監督になりました。
「家族ゲーム」は松田優作の代表的な作品の一つにした他毎年コンスタントに映画を制作しています。
近年は「失楽園」「39」「黒い家」や「海猫」など映画の内容も変わり充実してきています。
「模倣犯」はスマップの中居正広を主演に起用するなど積極的な新しい役者の起用など話題をふりまく映画を制作しています。



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ymlojpjp 2005-04-11T17:41:45+09:00
サブ http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_14.html 1964年11月18日生まれ
「そろばんずく」に田中博樹の芸名で俳優デビューしました。

また、大友克洋監督『ワールド・アパートメント・ホラー』で初主演、第13回ヨコハマ映画祭新人賞を受賞するなど俳優として順調なキャリアを積んでいきましたが、96年、自らの原案・脚本による『弾丸ランナー』で監督デビューして監督業に転進して注目される監督になりました。

映画の内容が他の監督にはない新しい映画であることから今後も期待される監督の一人です。

「弾丸ランナー」「ポストマン・ブルース」「アンラッキー・モンキー」「MONDAY」「DRIVE ドライブ」「幸福の鐘」というすべての作品が何らかの形で受賞しているという優れた作品を制作しています。

サブ監督HP

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ymlojpjp 2005-04-11T17:42:03+09:00
周防 正行 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_15.html 1956年10月29日生まれ
大学在学中から高橋伴明監督のスタッフとして活動して、若松孝二監督や井筒和幸監督らの助監督を務めるなどの活動していた。

1984年「変態家族・兄貴の嫁さん」で監督デビューを果たす。
1992年 「シコふんじゃった。」は社会現象を起こしたが 1996年 「Shall We ダンス?」はハリウッドでリメイクされるなどのヒット作となったがその後映画を制作しておらずその活躍に注目されているが待望の次回作を待たれています。

現在は執筆活動をするなどを行っています。

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ymlojpjp 2005-04-11T17:42:24+09:00
黒沢 清 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_16.html 1955年7月19日生まれ

1980年に「しがらみ学園」でぴあフイルム・フエステイバルに入賞した後、長谷川和彦監督や相米慎二監督の作品で助監督として活動した後に1983年に「神田川淫乱戦争」商業デビューは果たす。

その後も独特の世界観で制作された作品が評価されて2001年に公開した「回路」はハリウッドでリメイクが決定されるなどの活躍ぶりが評価されている。

また、東京芸術大学院でも映画学科の教授に就任するなど今後の日本の映画界を牽引していく監督の一人です。

黒沢 清のインタビュー

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ymlojpjp 2005-04-11T17:42:45+09:00
押井 守 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_17.html 1951年生まれ

東京学芸大学在学中に自主映画を制作していたようです。
1977年にタツノコプロダクションに入社して「一発貫太くん」を演出しました。

スタジオぴえろを経て「うる星やつら オンリー・ユー」、「うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」、「機動警察パトレイバー」、「機動警察パトレイバー2 the movie」を監督して、1995年に公開された「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」がカリスマ的な人気となりタイタニックのジェームス・キャメロンなども評価をしている。


その後、アヴァロンのような実写映画や攻殻機動隊2であるイノセンスなども制作するなど海外のファンを多く獲得しているカリスマ的な存在となっています。

独特の世界観が多くの人を魅了しています。


押井 守公式サイト

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ymlojpjp 2005-04-11T17:43:02+09:00
石井 聰互 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_18.html 1957年1月15日生まれ
8mm作品「高校大パニック」を制作して話題を呼んだ。

「逆噴射家族」などの映画を制作していたがターニングポイントとなったのはサンセントシネマワークスの仙道プロデューサーとの出会いによって「五条霊戦記」のようなメジャーな映画を制作するなど最近多くの活躍をしている監督。


今後も映画をコンスタントに制作しており今後の活躍が楽しみな監督。

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ymlojpjp 2005-04-11T17:43:25+09:00
北野 武 http://www.macsauru.com/contents/archives/2005/04/post_19.html 1947年1月18日生まれ

ビートたけしとしてお笑い界で「オレたちひょうきん族」「天才たけしの元気が出るテレビ」など数々の高視聴率番組に出演して不動の地位を確立。

その後映画「その男、凶暴につき」で監督デビュー。
当初は酷評されることも多かったがカンヌやベネチアの映画祭で喝采を受けて国内の評価も代わり現在は日本人監督の中でも国際的に有名な監督の一人になった。

「座頭市」は国内でも興行的に成功をおさめて映画監督しても注目されています。

また、「血と骨」に主演するなど俳優としても高く評価されており今後も目が話せないカリスマです。

オフィス北野

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ymlojpjp 2005-04-11T17:43:55+09:00